Pastor Amos Shigeo Shingaki
 アモスのページ 1日1章 祈祷会  

選ばれる人

  招かれる人は多いが、選ばれる人は少ないのです。(マタイ22章14節


 聖書の話も良いけれど、今、東欧では侵略戦争が行われており、ここでは人道的な事件も起こっているのに、そんなどころではないでしょう。という声が聞こえて来そうでしたので、ちょっと、自己弁護的なことを書かせていただきます。確かに聖書は昔の昔に書かれた本で、昔話に聞こえます。しかし、今起こっている人間の悪が噴出したような事件が起こると、聖書のメッセージはますます重要さを増してきます。なぜなら、人間は心の最も深い所で邪悪性を宿しています。ある人々だけがそうだというのではありません。人間例外なく全員がそうなのです。「義人はいない。一人もいない。」「善を行う者はいない。だれ一人いない。」なぜなら、「彼らの目の前には、神に対する恐れなない。」(ロマ3章10、12、18節)と。人の魂は霊的なレントゲン線で透視すると、廃墟ながら「神のかたち」の残骸が残っていて、向上したい、良くなりたいという思いもあります。このため人は自分の努力の範囲で悪魔的な行為をしないで済んでいます。戦争はそのタガを外してしまうのです。そこで説教者は聖書のメッセージを語り続ける義務があると確信しているのです。

 21章の最後で、祭司長たちはイエス様が自分たちのことを話していることに気づいたとあります。でも群衆を恐れて何もしませんでした。出来ることならイエス様を排除したかったのです。イエス様を歓迎する人たちと、亡き者にしようとする人たちがいたのです。22章は「結婚披露宴の譬え」として知られているところです。ここには当時の時代背景や民族性もあって理解しずらい所です。ですからあえて最後の部分だけを取り上げました。「招かれる人は多い」とはイエス様の気持ちであり父なる神さまの心です。[神はすべての人が救われることを望んでおられる](Ⅰテモ2:4)。しかし、「選ばれる人」(救われる人)は少ないのです。

 これからは、聖書のメッセージが重要さを増してきますが、このことを裏付けるという意味で世界で起こるニュースも見逃してはなりません。神の心を知るためです。人類は人類が抱える問題を何とか解決しようとするでしょう。平和の大切さが訴えられるでしょう。戦争のない世界を築くためにどうすればよいかが論じられるでしょう。世界中の知者の知性が結集されて次の時代を描こうとしています。しかし、こうした努力が何千年も行われてきたのです。にもかかわらず21世紀は20世紀、10世紀に戻ってしまいました。それは「神を仰ぐ」という視点が欠落しているからです。神は婚礼の喜びへと招いておられます。選ばれるためには「応答」しなければならないのです。これが今回の譬えからのメッセージです。 →[0511]

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【聖書】
 「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって
上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」
イザヤ書40章31節


アレオパゴスの丘からパンテノン、アテネ市街を指しているのはアモス

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