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新しい出発

第七課 揺るがない信仰

 キリストを信じる決心をした後で、様々な不安に陥ったり、何だかよく分からなくなることがあるかもしれません。いろいろな原因か考えられますが、このような危機も、正しく対処して乗り越えて行けば、私たちの信仰をより強めるチャンスにすることができるでしょう。

1.信仰を揺るがすもの

私たちが直面する問題の中で、代表的なものを取り上げてみました。

@感情

 「最近、初めのころの喜びが薄れてきたような気がします。私の信仰は、だめになってしまったのでしようか。」
この人は、信仰と感情を混同しているのです。救われると、確かに喜びが広がりますが、その感情の度合が救いの確かさにつながるのではありません。私たちの救いの唯一の土台は、自分が神の前に罪深い者であるという事実と、その私のためにイエス・キリストが罪の身代わりとなって十字架で死なれたという事実を、認めて受け入れることです。これが最も大切な点です。

 感情はひとりひとり異なった現れ方をするので、他の人と比較しても仕方がありません。ある人は、即座に飛び上がるほど喜びますし、別の人は、しばらくの時をおいてから、じわじわと涌き上がる感謝を味わうことでしょう。

A

「せっかく罪をゆるされたはずなのに、相変わらず罪を犯している。こんなことでは、本当に救われたとは言えないようで不安です。」
 キリストは、私たちが信じる前に犯した罪だけではなく、信じた後のものも含めて、すべての罪を背負って、十字架にかかってくださっていました。罪を犯している自分に気づいたら、その罪をきちんと認めて、祈りによって主に告白してください。

もし、私たちが目分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方てすから、その罪くを赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。 ヨハネI1:9

「私はキリストを信じてから、自分の罪深さが、以前よりも目につくようになりました。かえって悪い人問になってしまったようで、がっかりしています。」

神を知れば知るほどに、自分の罪がよく分かるようになります。パウロですら同じような思いを持ち、「私は罪人のかしらです」と告白しました。しかし、これは信仰が成長するときの健全な過程です。罪の深さが分かるほど、神の愛の深さも分かり、感謝と喜びも増し加わることでしょう。

 「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた。」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらでず。(Iテモテ1:15

B試練

「神様を信じているのに、今、とてもつらい思いをしています。いったい、神様はどこにおられるのでしようか。」

 様々な試練にあったとき、私たちは神が、もう自分を愛してくれていないと思いがちです。しかし、神は愛する者を訓練されるのです。見捨てられたのではありません。

 すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせまず。(ヘブル12:11

C自分の力への不安

「私は何をやっても、三日坊主です。自分が、これからも信じ続けていけるかどうか、自信がありません。」

 自分の力に頼り、自分で神にしがみついていこうとするならば、疲れ果ててしまうでしょう。私たちは、導いてくださるキリストを見上げ、キリストの力によって、信仰をまっとうするのです。

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。(ヘブル12:2

2.信仰に確信を与えるもの

では、私たちの信仰を堅く立たせてくれる基盤は何でしょうか。

@変わらない神の愛

 私たちは、自分が救いにあずかっているのは、自分がそれを求めた結果であると考えかちです。たしかに、信じる決断をしたのはこの私ですが、その決断に導いてくださった方がおられることを忘れてはなりません。神が変わらない愛をもって導いてくださっていることが、私たちの信仰の基盤です。神の働きかけがそこにあるのですから、むしろその確かさを疑うべきではありません。

私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。(第一ヨハネ4:10

A神が終わりまで導かれる

 神はクリスチャンたちを、その生涯の終わりまで導いてくださる方です。私たちは、自分がどれくらい熱心に信仰に励み、それに打ち込むかに、すべてがかかっていると考えがちです。信仰に熱心であるのは良いことですが、神が私たちのために何をしてくださるのかが、最も肝心な点です。いつまでも変わることのない方は、世の終わりまで私たちと共にいて、私たちに与えた信仰を最後まで堅く保ってくださいます。信仰と救いの確かさは、私たちがしがみついているからではなく、最後まで守り導くと約束しておられる方によって、保証されているのです。

主も、あなたがたを、私たちの主イエス・キリストの日に責められるところのない者として、最後まで堅く保ってくださいます。(第一コリントl:8

3.信仰の確信を得るために

力強い、確かな信仰を養い育てるために、次のことを心がけてください。

@キリストとの交わりを深める

 救いの確信を得るためには、私たちの救い主であり、主であるキリストと、さらに堅く結びつくことが必要です。聖書を読み、キリストが私のために成し遂げてくださった救いのみ業を確認し続けましょう。神は、聖書を通して、力強く語りかけてくださっているのです。また、祈りによってみことばに答え、心の内の真実な思いをキリストに語りかけましょう。このように、日々、神と交わりを持つことが、とても重要なのです。

A教会での交わりを深める

 救いの確信は、教会の交わりにおいても与えられます。日曜日ごとの礼拝や週日の祈祷会などの集会は、私たちの確信を強めて<れます。神をより深く知り、より深く信頼するようになるために、これらを大切にしましょう。
 教会で、ほかのクリスチャンと交わることも大切です。自分と同じようにキリストを信じている人々と出会うとき、この信仰が決して自分勝手な思い込みではなく、また自分が独りぼっちではないことが分かり、大いに励まされます。そこには、神にある家族、兄弟姉妹がいるのです。それに、信仰の告白は人々に聞いてもらい、認めてもらい、受け止めてもらうことで、いっそう確かなものとなり得ます。何かの間違いをおかしている場合にも、この交わりがあるならば、それを教えてもらい、正しい道に導いてもらうことができます。また、互いに祈り合うならば、キリストが共にいてくださることを、深く確信することができるでしょう。

ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。(ヘブル10:25

○質問 *質問の答えまた感想を、牧師にメールしてくだされば、あなたの求道をお助けすることができます。

1.キリストを信じたとき、あなたはどんな気持ちがしましたか。また、今は自分が救われていることを、どのように感じていますか。

2.信仰を持つようになってから今日までの間、あなたが救われたことについて、確信が持てなくなるようなことがありましたか。もしあれぱ、それはどのようなことでしたか。

3.あなたの信仰は、何を根拠として確信できるのですか。

 

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