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礼拝(2010年1月3日)

『新しい事の芽生え』イザヤ書 43章10~21節)  2010.1.3.

2009年の「今年の漢字《は『新』であった。今までとは違った新しいことが次々と起こった昨年、浦和教会でも新しい動きや展開を目の当たりにしている。そして今年、神様がさらに「新しい事をする」と語られていることに心を向けよう。

Ⅰ 【事を行われる神】
①創造者(15・21節)
天地万物を創造された方(40:12,26)は、ご自分の栄光をあらわすために私たち人間をも形作られた(7節)。私たちの成り立ちを知り、そのすべての必要をご存知の方が、造り出し今も支配されているすべてを動員して、「新しい事をする《と言われるのである。
②聖なる方(14・15節)
被造物である私たちが創造者を理解し尽くすことは到底できない。「聖」とは立場・性質・能力において掛け離れた、道徳的に完全なことを意味する。この方と私たちとを同列に置くこと、まして軽視・無視することが罪である。イスラエルが陥った失敗がこれである。
③贖い主(14節)
しかし、イスラエルを造り出し選んだこの方は、罪に陥った彼らを見捨てず、むしろ救おうとされた(1,10節)。完全な愛を有する聖なる方は、人間の罪にも怯むことなく、彼らを「高価で尊い《「愛している」と宣言されている(3・4節)。これを留めるものは何もない(13節)。

Ⅱ 【神の新しい御業】
①奇跡的な解放と回復
42章後半で預言されたバビロン捕囚に対して、ここでは解放と帰還が預言されている。囚われた民族の回復のために、支配する大国バビロンが滅ぼされた(14・15節)。救いを待ち望む者のためには、ありえないことを神は引き起こされる。
②上可能が可能に
回復されたイスラエルは、捕囚の原因であった偶像礼拝から離れ、イスラエルの聖なる唯一の神に立ち返った。これは出エジプトの奇跡では成し遂げられなかった。神が働かれるとき、今までできなかったことが実現する。
③新しいいのちの流れ
出エジプトの際に「海の中に道を」設けて敵から救い出された神は、出バビロンで「荒野に道を、荒地に川を設け」、イスラエルも異邦人も生かされると預言される(19・20節)。自分が変わるだけでなく、新しいいのちが注ぎ込まれ、周囲にいのちを与える者とされる。

Ⅲ 【新しい御業に臨む私たちの姿勢】
①過去に執着しない
18節は過去の恵みを忘れ、良き伝統を無視することではない。神の御業を「勝利の方程式」化して限定してはならない。失敗の連続の中で失望してもならない。「今まで○○○だから」と避けたり拒まないで、新しい御業をまっさらなへりくだった心で待ち望もう。
②進み行かれる神様を見る
新しい御業はもうすでに動き始め、それを「見よ」と呼びかけられている。新共同訳では19節は「今や、それは芽生えている」と訳されている。神の御手の細やかな動きを見て、個人として、教会として、来るべき大きな御業に備える事が期待されている。
③聖なる神を全面的に信じる
新しい御業を前にする時、未知なるが故に恐れや戸惑いを抱きやすい。聖い神の愛の中に全面的に自らを委ねることができたなら、恐れは心中から去り行く(Ⅰヨハネ4:18)。主の愛の言葉(4節)を単純に受け入れ、この愛に素直に応答しよう。

<結論>*あえて神様は私たちに新しい御業を予告されている。それは、受け止める備えを整えること、そして、私たちがこの新しい御業に与ることで、大いなる主の「栄誉を宣べ伝え」るためである。新しい年に、新しい御業を、新しい心で期待しよう。(H.M.)


 

                       
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