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礼拝(2010年2月14日)

『我ギルガルに立つ』ヨシュア記5:10~15) 2010.2.21.(第三聖日恩寵礼拝)

序 昨年9月第3聖日、神様によって導かれたメッセージは、「私たちの今までの古い人はヨルダンの川底に葬られた《というものでした。

Ⅰ新しい地、=新しい生き方。
①それまでの自己中心の生き方の放棄=「神様の御心よりも、自分の意思《を優先させ,神様は,こう示していると思えるのにそれに従うよりも自分の考えを優先させる生き方「神への上朊従の石(意思)塚はヨルダンの川底に葬られた。
②「ギルガル《に立てられた石の塚は、後の時代には、主イエス様が洗礼を受けられるヨルダンの真中に立つ祭司の担ぐ神の箱の真下からやはり部族の代表者によって取り上げられ、運ばれ「新しい地《に立てられた。
③民が新しい地「ギルガル《に立った時、ヨルダンは元に戻った。
表面的には、前と変わらない生活のように見えるが、「この日《から各自の生き方は、「自己中心から、神中心へ《と、変わった。新しい生き方が始まったのである。

Ⅱ 「ギルガルに立てた塚《=信仰告白(証しはクリスチャンの使命)。
①神と人の前で、信仰を告白することは、自分の告白に責任を持つことを意識させられ、信仰の段階的成長に利する。(ロマ10:10)。
②クリスチャンは「キリストの証人《として召された(使徒26:17,18)。
③全てのクリスチャンは、誰であっても、「聖霊《の助けを得て、「力強いイエス・キリストの証し者《になることができるし、それは主の心からの願い。(使徒1:8Ⅰコリ16:13)

Ⅲ 万軍の主の軍勢の長は、神に従うものの側に立つ。
①「抜き身の剣《=すぐに間に合うことの意=神様は愚図な方ではない。神様の身内である私たちが、祈るとき、その求めにすぐに間に合うお方。    私たちは、困難にあった時、神の軍勢が常に私たちを守ろうとしておられることを信じましょう。(Ⅱ列6:17)
②神様に従うもの=クリスチャン=神に従うことを決心し、従うことを決心し続ける人。
 医者に、「あなたはこの薬とこの薬を飲んで、ください。リハビリのためにこうしてください《と言われた時に、「この薬は飲むが、この薬は飲まない《などと患者が医者に従わなくては、医者にもどうしようもない。神が専門家なのであって、あなたではない。
③失敗してしまったとき、すぐに「ギルガル《に立つ。(「自己先達の人生《から「神先達の人生《に生ま代わった場所、その日(そのお事を告白した日《を思い出して、そこに立つ) 。
・失敗の原因を調べ、道を間違えたら、悔い改め、間違った箇所だけを訂正する。=正しいことを「訂正(?)《する必要はない。 (ヨルダンにまで帰ってはならない)ギルガルの塚を見て(自分は死んだことの確認)再チャレンヂする*アイの戦いは、アカンの罪が隠されていて失敗するも、それを処理して再度挑戦して勝利している。(ヨシュア7,8章) クリスチャンが、自分の生き方を「自己主導《でなく「神主導《に切り替えることを自分の意思で、決定した(「ギルガルに立つ塚《も民が自分の意思で立てた)のであって、一度そうしたなら(信仰の決心と告白)「キリストの功の事実《がすべてに先行するのであって、それを信じる信仰は、第2番目であり、感情は最後。     「感情《はあなたの心の「召使い《であって、あなたの「主人《にしてはならない。

※自分の感情によって信仰が振り回される「子供の信仰《ではなく、自覚ある大人の「意思《で選んで立った、「大人の信仰《に立ち続ける。=「勝ち得て余りある生涯《の秘訣(n)

 

 

                       
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