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礼拝(2010年3月7日)

『この世の見せ物』Ⅰコリント4章9,14~14節) 2010.3.7.

*いよいよ年会に上ろうとするが、今年会は今までと違った年会となる。専門の講師が招かれ「牧師の心の健康《が取り上げられる。教会においても婦人牧師の休養があった。こうした事に理解をいただき格別の祈りをお願いしたいため、今朝のテーマが選ばれた。

Ⅰ 【牧師受難の時代】
①牧師の実際的実情。
*牧師・伝道者・霊の働き人の精神的重圧は計り知れないものがある。人の心を扱う仕事には、入ってはいけない穴があってどうしても「過去のどろどろ未来のもやもや《に入り込んでしまう。完璧な人間はいないから、牧師はこの重圧をつい引き受けてしまう。
②泥沼のような心の葛藤。
*さらに主が「自分を捨て《と言われたように、自分に生きていては決してできない仕事である。現在のような物質主義の時代に、献身の心を保ち続けることは容易でない。自分自身がこうした心の葛藤の中で奉仕しなければならないのが霊的働き人の実情である。
③どこに持っていけばよいのか。
*富や地位や人気を手に入れるにはこの世の仕事のほうが手っ取り早いと言うことがある。牧師の仕事で富を手に入れたとしたら、どこかおかしい。献身が徹底していなければ、このフラストレーションをどこにもって行けばいいのか。まさに牧師受難の時代である。

Ⅱ 【パウロのストレス】
①理想に燃えた序盤。
*主はパウロについて「どんなに苦しまなければならないか《(使徒9:16)と言われた。主は彼が理想に燃えてこの働きにはいることを知っておられた。しかしそれは上合理な苦難を引き受ける道でもあった。それはちょうど捕虜がさらし者になるのと同じではないか。
②最大のライバルの登場。
*伝道を始めると波のように迫害が押し寄せてきた。しかしそれはパウロにとって何でもなかった。むしろ「苦難をも喜ぶ《であった。ところが自分が立てた計画に対して「イエスの御霊《がお許しにならない。神がライバルと知ったとき、彼は惨めな思いになった。
③生きるはキリスト。
*パウロの立場は全ての働き人に共通する公式である。主のための理想・ビジョンはことごとく壊されていく。この精神の空しさを乗り越える道はただ一つ、全てを捨てて主に委ねる以外にない。「生きるはキリスト、死ぬこともまた益《と言わなければ身が持たない。

Ⅲ 【見世物ではなく見本】
①牧師の一経験から。
*地方の教会で老姉妹が毎日のように夕飯を運んでくれたことがあった。どうしてと聞くと、「だって見ていると可哀想だもの《と答えが返ってきた。一般に正常な牧師の場合、この世の報いはなく「哀れ《である。しかしこれは見世物ではなく、これが見本なのである。
②本当の祝福とは何か。
*神が計画しておられる祝福は霊的なものであるが、これはどんなに説明しても理解されるものでない。モデルが必要である。世界に対してイスラエルがモデルであったように、クリスチャンに対しては、ある人を召して「苦難を通って栄光に入る《ことのモデルとされた。
③愛の支えあい。
*パウロは働き人の仕事を「御霊のものを蒔く《そしてそれを受けた人から「物質的なもの《を受け取ると言っている。ここに愛の支え合いがある。これは霊的祝福がクリアに見えるためである。世的に祝福された人を通しては本当の霊的祝福は見えないものである。

<結論>*年会を前にして愛兄姉にお願いしたい。牧師は霊的に祝福されている。これを見本としていただきたい。愛兄姉は世の祝福を受けて当然である。しかし本当の祝福の見本は主に全てをささげて従った人を通して見ていただきたい。(A.S.S.)

 

                       
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