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礼拝(2010年3月21日)

『鶏鳴 暁を告ぐ』マルコの福音書14章27~42、54、66-72節) 2010.3.21.

序 一番、二番鳥。
Ⅰ創世記1章―聖書全体のプロローグ「(パゼットウィルクス「創世記講解《)。
1)創世記1:1,2*人間の世界に罪が入ってきて、混沌と暗黒の世界に、主なる神によって光が与えられた(3)。=罪と弱さの中にある人間に、「光《の入ることで、すなわち罪と暗黒の世界に、神の介入が始まったことを意味する。
2)光が入ることによって罪が明らかになり、魂に安らぎがなくなる、そこに「青空《が創られた。この恐ろしい絶望の只中に、青い空「希望《が見える。(6)。
3)水による裁きの後、安定して立つことのできる場所としての陸地が用意され(9)。
4)二つの光=「我は世の光《といわれる主なる光(太陽)と、「汝らは世の光《といわれ、これは神の光を映して光る(月)すなわち「神の栄光を現す「クリスチャン《。
5)すると、生物が活動するごとくに、霊魂に「主を求める活動《が起こり。
6)人間の霊が創り変えられ、「主イエスの形《が人間の心のうちに形作られて完成。
7)そして、神も人間も満足して絶対的安息に入る(天国)。

Ⅱペテロの失敗。
1)仲間のリーダー。剣を持って立ち向かった。牢も、死も厭わない覚悟のペテロ(:31)(ルカ22:33)人間的には、強く見えたペテロ。
2)ゲッセマネの園でもだえ苦しむイエスー頼りにならないペテロ。
3)主がローマの兵士に捕まり、絶望、最暗黒のカヤパ官邸=鶏が2度鳴いた。

ⅢUFOに乗ってこられた主(土屋の証し)。
1)24歳で聖めの信仰に立ち、その後の歩みのなかで、人間は全的に当てにし、頼ること(牧師さえも)ができないことを悟った。唯一「神様だけ《を確信。
2)しかし、打ち続くさまざまな試練、試みの中で、その唯一頼みの神さまを見失い「五里霧中、最暗黒《の中「西穂高山頂駅《で[UFOで来てくださった神様]と再会。
3)「主よ何処へ《のペテロー死んでしまったと思っていた「イエス様《に出会って、元気百倊、意気揚々と「ローマ《に戻り、主と同じ形では、恐れ多いと「逆さ十字架《に架かることを要求した「強いペテロ《。
*「鶏鳴暁を告ぐ《*最暗黒に射す一条の光=「キリスト《にのみ私たちは、希望を見出し、それのみが、唯一頼りになり、信頼できる方。
・ 世的には、漁師の網本であり、弟子のリーダー的存在であったペテロも、ただ泣くことしかできなかった、混沌、最暗黒、「五里霧中《のあの「カヤパ官邸《で、すでに「光《の兆しが「父なる神《によって、用意され、「一番鳥《は微かな光で、それを知らせ「二番鳥《は「光《のあることを「念を押した《しかし、ペテロも、その信仰を持ち得なかった。
・ノミや鉋などの刃ものは、「鋼《と「生鉄《とが合わさって作られている。
この「鋼《と「生鉄《は密着していることが絶対条件。
かじ屋さんが、「鋼「と「生鉄《両方を真っ赤に焼いて、イザ叩き合わそうとした時に、外から、風などが入り(サタンの介入)、小さな砂粒がその間に入ってしまうと、それは使い物にならない。本来それは「お釈迦《捨てるほかない(自分の賜物〔本来恵みによって頂いたもの〕をひけらかそうとする思い等etc)。
その小さな石粒が邪魔をして砥石で、研ぐことができないし、脆く、すぐに欠ける。
※「我々クリスチャン《と神様との間に「上純物《が入っていては使い物にならない。主の栄光を現す「はなはだ良かった《(創1:31)といえる物は作れない。
 そのために、主の働きをだめにする「上純物《は叩き除く必要がある。
それが試練であり鍛錬であり、それは「希望《に直結する(ロマ5:3,4)   (n・t)

 

                       
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