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礼拝(2010年3月28日)

『いっしょに目を覚ましていなさい』マタイの福音書 26章36~46節) 2010.3.28.

十字架を前にされた主イエスは3人の弟子を伴ってゲッセマネの園へ行かれ、祈られた。そして弟子たちにもいっしょに祈るように願われた。神のみこころにしたがって十字架の目前まで進んでこられた主が、真剣に悩み苦しんでおられるのである。

  Ⅰ 祈りの要請
①死ぬほどの悲しみの中で
これまで、みこころに従うことが喜びであった主イエスの心が深い悲しみに覆われていた。十字架は、神の御子に人類の罪を背負わせ、父なる神との親密な交わりから引き離そうとしていた。悲しみと孤独の中にある主は、弟子たちに共に祈って支えてもらいたかった。
②主のみこころを選べるように
喪失の恐れと悲しみは、奪われないように必死で握り締めようとする強い欲求となって現れる。主も御父との交わりを失わないで済むことを一瞬願われたが、それよりもみこころを選ばれた。厳しい状況の中、正しい選択ができるように、祈りのサポートを求められた。

③あなたが祈って欲しいと思う時や内容は、どんなことですか?

 

 

Ⅱ 祈りの障害
①肉体の弱さ
主からの祈りの要請に応えようと弟子たちも祈り始めたが、3度とも眠ってしまった。主は「心は燃えていても、肉体は弱い」と、御自身も肉体を持たれた故の深い同情を示された(ヘブル4:15)。肉体の弱さが私たちの心と霊の営みに影響を及ぼすことを覚えよう。
②チャンスとタイミング
3度の祈りのチャンスを逃したとき、時間切れとなった。祈るのに時がある。これを逃した搊失は計り知れない。だから「わたしといっしょに目を覚まして」、神の時計と御手の動きを注視しなければならない。

③祈ろうと思いつつも、できなかった(しなかった)ことはありますか?
それは、どうしてですか?

 

 

Ⅲ 祈り手となるために
①いっしょに
何かをするよりも、むしろ相手に近づき、聞き、忍耐強く寄り添うことを意識しよう。共に祈る人に対してだけでなく、祈りをとりなしてくださる聖霊(ローマ8:26-27)に対しても耳を傾け、謙虚に近づき、みこころに適った祈りをささげよう。
②目を覚まして
私たちの周囲には目を惑わす誘惑や試練に満ちあふれている。巧妙にみこころから逸れさせようと狙っている者がいる。しかし、すべてのことを教え導かれる御霊は、平安を与えてくださる(ヨハネ14:26-27)。この方を一心に見つめよう。

③あなたはどのような接し方で祈り支えてもらいたい(orあげたい)ですか?

 

 

<結論> 神の子である主でさえ、弟子たちの祈りのサポートを求められた。私たちがこの時代に誤りなく主のみこころを進み行くためには、互いに祈り合うことが大切である。祈るとき、主の豊かな助けと導きが与えられる。(H.M.)
 

 

                       
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