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礼拝(2010年4月11日)

『三日目に死人の中から』ルカ24章44~48節)2010.4.11.

Ⅰ 【主の弟子たちへの教えの要約】
①聖書には何が書いてあるか。
*主は復活されてから度々弟子たちに顕現され、三年半弟子たちと過ごして来られた時のお話の要約をされた。それは聖書(旧約聖書)に書いてあることであるが、「キリストは苦しみを受け、三日目によみがえり、福音が世界中に伝えられる。《ということであった。
②聖書のどこに書いてあるか。
*ところが私がかなりの時間を使ってどこに書いてあるかを調べたが、結局それはどこにもなかった。聖書にはイスラエルに律法が与えられ、預言者たちが活躍し、民たちは神への背信から離れられず、終にバビロン捕囚となった。これが旧約の要約ともいえる。
③聖書をどのように読むべきか。
*まさにここに、主が教えられたメッセージが隠されてある。律法がなければ罪は顕とならない。罪が罪としてはっきりした時、メシヤがクローズアップされる。そして神はメシヤ(救い主)を世に送るために、イスラエルを召し律法を与え、これを求めさせたのである。

Ⅱ 【聖書理解のキーワード】
①「苦難と栄光《。
*メシヤをギリシャ語では「キリスト《であり、今では救い主を意味する。そのキリストの重要な使命は「十字架と復活《である。主はこのメッセージを12使徒に託された。これをどのようにこの世界に証しすべきか。使徒たちを通しての主の受難の再現、これである。
②苦難の意味。
*預言者,使徒たちが最もショッキングに受け取ったメッセージはイザヤ6章9,10節である。新約聖書には6回引用されている。これは人類の罪の現実を示すものであり、これが主の受難を招いた。これが受難(苦難)なくしては栄光に入ることができない理由である。→【硬化預言】
③栄光の意味。
*今キリストは栄光に入っておられる。パウロは今義の栄冠を受けている。たしかにこれは生きている私たちには目で見るように見ることはできない。しかしキリストに従う道においてこれを上動の確信となる。主に従う者は苦難を跳ね除けて、栄光の希望を証ししたい。

Ⅲ 【私たちへの適用】
①みことばに召された者の生涯。
*主は地に教会を建てられて個々の地方教会には牧者を下さった(一部にはこれに異議を唱える人々もいる)。これはいわばレストランのウインドーのようなものである。本当の救い、祝福とは何か。これはみことばに召された者の苦難と栄光を通して示される。
②救いにあずかった者の生涯。
*この厳しい使命のために牧者の中に心を打たれる例がある。そのため切にお祈りいただきたい。しかし苦難を逃げては使命は達成されない。このことはすべてのクリスチャンにもいえる。救いは苦難をはねつける力がある筈である。これを是非証ししたい。
③復活の主とともに。
*クリスチャンにとって心すべきことは「よく生きること《ではなく、まして律法を守ることでもない。主の受難と復活によって示してくださった「主の復活のいのち《にあずかることである。主はよみがえられた。もしそうなら、「私の心の中に来てください」と祈るべきである。

<結論>*イースター、それは黄泉の後にやってくる。黄泉を見た者はこの世の何たるかを知る者である。彼にとって「キリストの復活のいのち《の栄光に与ることしか残っていない。もしこのいのちが私のうちにあれば、天にまで駆け上るほどの燃料となる。(A.S.S.)

 

                       
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