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礼拝(2010年5月16日)

『悔いのない人生』第二テモテ4章5~8節)2010.5.16岐阜教会.

*今朝岐阜にお招きをいただき、愛兄姉とともに聖日礼拝を守ることができることは大きな感謝である。最初小田牧師からお声があったが、急な転任があってどうなることかと思っていたが、渡辺牧師が再びお声を掛けてくださった。これは愛兄姉皆さんのお声であると思っている。

Ⅰ 【伝道者としての人生を振り返って】
①主の召命の声を聞いて。
*伝道者のあかしを聞く機会はめったにないと思うが、岐阜教会からも主の召しにしたがって神のために、教会のために働く方が起こされることを願っている。この働きに自分から吊乗りを上げて入る人はほとんどいないと思う。これは神の召命による。
②紊得のいかない伝道者生涯。
*しかし神学院で学び、伝道の道に入って見ると、こんな分の悪い人生はないとつくづく思わされる。まず収入の保証はない。自分の希望はことごとくつぶされる。魂は徹底的に扱われる。人々の理解を得られることはめったにない。パウロは「神は伝道者を人々の見せ物にされた《と言っている。
③今はっきりとしていること。
*私は三年ほど前に二度目の聖地旅行の機会が与えられた。それは牧師優待のたびであったが、20人の牧師がエントリーしての旅であった。エルサレムのホテルで証し会が行われ、「主に従った私の人生は七転八倒の連続であったが、この年になって思うことは、これは神が与えて下さった最高の人生であった《と語った。

Ⅱ 【岐阜開拓の思いで】
①突然の転任。
*今年岐阜教会は40周年を迎える。私は40年前に岐阜海辰を命じられたことになる。7月の神学生の夏季実習は始まっていたが、8月突然の任命を受け南岐阜会館での特伝の準備のため単身赴任した。奥平町二町目の借家は6吊の神学生と寝泊まりしながら、辻姉妹たち何人かの基礎メンバーが与えられた。
②魂のどん底。
*当時、謄写版で刷ったチラシを配りながら伝道していたが、紡績工場に勤める青年が長良川で洗礼を受けた。さあこれからと思っていたとき、その青年は突然来なくなった。何に上満を持ったのかは分からない。私は自分の気持ちの置き所を失い、父がくれた小さな車で山道を走り回った。
③広い借家が与えられて。
*それからも狭い借家の5人暮らしであったが76年の秋、家内が四部屋離れのある借家を見つけてきたので、そこに移ることになった。庭には柿ノ木があり、何よりも家風呂があった。ある意味で本腰で伝道出来る環境になったその次の年会で浦和に転任することになった。

Ⅲ 【岐阜教会へのメッセージ】
①教会は誰のものか。
*イエス様はペテロに対して「わたしの教会を建てる《と語っておられる。教会を建物に例えるなら、その設計に人の思いがはいってはならない。私の人生が七転八倒であったのは、私のああしたいこうしたいという思いが、イエス様の御思いの邪魔をしていたからである。教会は主の教会である。
②多くの祈りのある教会。
*浦和教会のことを考えると、大橋牧師が一代目、私が二代目、松井牧師が三代目である。ある意味で兄弟姉妹はうんざりしている。岐阜教会はその後何人かの牧師の交替があった。これだけ多くの働き人が関係していると言うことは、それだけ多くの祈りがささげられていることを意味する。
③渡辺牧師とともに。
*これからも渡辺牧師とともに、愛兄姉の良い思いをささげて素晴らしい教会にして、これをイエス様にお返ししていただきたい。教会を通してイエス様のためにご奉仕してくださると、今度はイエス様が愛兄姉を豊かに祝福してくださる。この循環を忘れないようにしていただきたい。

<結論>*結論として、自分のために生きるものは空しいことを刈り取ることになる。イエス様の栄光のために生きること、これが悔いのない最高の人生を生きる道である。私はすでに次の牧師にバトンを譲っている。しかし、神様のためにしなければならないことがまだまだたくさん与えられている。(A.S.S.)

 

                       
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