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礼拝(2010年6月13日)

『多くのわたしの民』使徒の働き18章5~11節2010.6.13.

*コリントの手紙第一の講解を終えて、やはり第二に進まなければならないと思ったが、もう一度この手紙が書かれた背景、コリント教会の誕生を振り返ることにする。こうしたことは第二の手紙をより深く理解するための道筋を与えてくれるものと期待するからである。

Ⅰ 【第一から第二の手紙へ】
①第一から第二の手紙へ。
*第一の手紙では教会から寄せられた問題の解答に専念したが、第二の手紙では一転して自己弁明にシフトしている。自分で自分を弁護する難しさはパウロ自身よく心得ていた。それに関わらず自分の使徒性を擁護しているところに第二の手紙の特徴がある。
②深い淵の穴から。
*パウロがアテネからコリントに来た時は、彼の精神状態は最悪であった。それはユダヤ人の反抗に我慢ならなかったところに見られる。「着物を振り払って《は相当の感情表現である。彼自身どうしていいか分からず、ただ悶々の中で祈りに逃げ込んだに違いない。
③大いなる挑戦。
*そうしたときに、主が幻の中で現われてくださった。9節の主の言葉を要約すれば、イスラエルの伝統的な約束の中に新しい使命が織り込まれている。「神の民《はイスラエルのみならず世界中にいると言う。これこそが世界宣教の推進力となったことばである。

Ⅱ 【拠点教会の必要】
①福音戦略の練り直し。
*イスラエルの選びの延長として、世界宣教があるとしたら、よほどの緻密な世界戦略がなければならない。第一回伝道旅行では教会はできたがみな小さな教会であった。それは今の浦和教会よりも小さなグループであった。今度は拠点教会としなければならない。
②一年半腰をすえて。
*先の伝道旅行では数週間の単位で町々に伝道して回った。今度は一つの町にインパクトを与える教会を建設しなければならない。教会のリーダーも育てなければならない。時間をかける必要がある。そこで「一年半《腰をすえてこの町で伝道することにした。
③教会の将来像。
*パウロは自分が生きている間にできることはアジヤに一つ、アカヤに一つ、そしてできればローマにひとつと考えていた。これは今から考えれば無茶な計画であるが、パウロはエペソ、コリントに拠点教会を建設したことになる。ここから世界へと羽ばたくはずである。

Ⅲ 【浦和教会への挑戦】
①循環こそいのち。
*主は「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です《と言われた。主のいのちにつながっていなければ、教会はできないし信仰も育たない。ディボーションは大切であるが、受けるだけではメタポリになる。受けては注ぎ、すなわち伝道が健全な教会のいのちである。
②主の恵みを確認すること。
*浦和教会は十分な恵みを受けている。今は試練の時と言えるかもしれないが、これも必ず克朊する。これからいよいよ第二の手紙の講解に入るが、コリント教会同様、拠点教会への使命を意識しようではないか。この使命を受けること、これが受けるべき恵みである。
③受けた恵みを注ぐこと。
*教会は溜池となってはいけない。注ぐことに心を用いていれば、主の恵みは自然に流れ込んでくる。なぜなら循環の原理は自然だけでなく、霊的な原理でもあるのだから。これからもゴスペルを中心にして、攻めの宣教活動を展開していきたい。

<結論>*宇宙は多くの御使いたちによって御わざが進められている。しかしこと人の魂の救いに限定すれば、神は私たち救われた者を用いようとしておられる。この分野においては私たちが御使いである。主は私たちの助けを必要としておられる。(A.S.S.)

 

                       
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