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礼拝(2010年6月27日)

『苦難の中の慰め』Ⅱコリント1章1~11節2010.6.27.

*今日から「コリント人への手紙第二《の講解に入る。回数はあまり意味がないので記さないことにする。大まかに把握していくつもりですので、しばらくお付き合いしていただきたい。愛兄姉がこの講解を通して、この手紙のソムリエになっていただいたなら幸いである。

Ⅰ 【コリント人への手紙について】
①第一の手紙の特徴。
*コリントは有望と思われたため、パウロ、アポロ、ペテロの三人が入れ替わって伝道した。これが教会に分派を引き起こした。派生的にいろいろな問題を抱えることになった。こうしたことがパウロのもとへ手紙で知らされた。使徒は修復するためにこの手紙が書かれた。
②パウロの三回の訪問。
*二つの訪問については使徒の働きにその記録があるが、もう一つ知られていない訪問があった模様である。パウロはコリントへの訪問は慎重であった。彼らにとってパウロはただ一人の教師ではなかった。これが困難の原因であると知ったからである。
③第二の手紙の特徴。
*第二の手紙でパウロはかなり自分をさらけ出している。希望や忍耐とともに、上安や苦難についても語っている。彼はまた自分の使徒職の弁護も行っている。教会の具体的なことについての指示も与えている。こうしたマニアル的なことが現在では大変貴重である。

Ⅱ 【三つのキーワード】
①「苦しみ《「苦難《。
*4,5,6,7,8節にこの言葉がある。「苦しみのとき《は詩篇にしばしば出てくるダビデ的ことばである。ダビデが聖書的信仰の原点であるとしたら、苦しみは宗教の根本である。苦しみによって神は人間と関わろうとしておられる。苦しみこそ神に最も近い場所である。
②「慰め《。
*3,4,5,6,7節にこの言葉がある。主イエスが「悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。《と言われたように、人生では「悲しみと慰め《「苦難と望み《はセットになっている。電気はプラスとマイナスでセットであるように、神のドラマはこのセットで展開される。
③「救いの望み《。
*10節に「救い出してくださる望み《と言う。人生は一つの目的に向かって組み立てられている。意味のない荒波に翻弄されているだけだと考えてはならない。神を見上げること。神は私の人生の監督であることを、一歩一歩、「救い《が形作られていることを。

Ⅲ 【苦難の中にある方々へ】
①苦難は無益でない。
*信仰生活において忘れてはならないことは、キリストが苦しみを受け、十字架に架かり、死んで葬られ、黄泉にくだり、よみがえってくださったと言う事実である。キリストに与るとは、その足跡を辿る者であると言うことである。やがて大いなる栄光が現われる時が来る。
②苦難の中にある成長。
*8節からパウロは自分の苦難について語っている。9,11節に「~なるため《と、苦難がある目的に向かっていることが語られている。確かにこの世にいるクリスチャンはまだまだ赤ちゃんである。永遠と言う時間からすれば、もっともっと成長しなければならない。
③だから失望してはならない。
*もし苦難の中で嘆いてばかりいるなら、折角の成長のチャンスを無駄にすることになる。ある心理学者は「あらゆる経験の中でその時の記憶を保存しておくことが、その人の宝となる《と書かれてあるが、人生はドリルと思って、学んだことを大事にして行こうではないか。

<結論>*苦難は人生の中に神が仕組まれたシステムの一つである。「永遠のいのち《「救いの完成《という目的に向かって必然的に置かれている。愛兄姉はこのことにおいて前向きになっていただきたい。御心はこの中にあるのだから。(A.S.S.)

 

                       
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