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礼拝(2010年7月25日)

『思いやりの計画』Ⅱコリント1章12~24節) 2010.7.25. =コリント人への手紙講解=

*この手紙を読んでいて驚かされることは、パウロは自分については隠し立てがないことである。牧会に携わっている者は、この手紙から教えられることはまことに多い。神の奉仕とはこのようなものである。私にはこんな模範が与えられているとは感謝すべきことである。

Ⅰ 【コリント教会との微妙な関係】
①パウロが期待した教会。
*パウロは第2次伝道旅行でアクラ夫妻に会い、1年半彼らと共に伝道した(使徒18章)。パウロが去った後アポロが来て伝道している。恐らくコリントは教会としての体裁を整え成功した事例ではなかったか。ただし、かなりユダヤ人たちが画策していたことが伺える。
②手紙による交信。
*パウロによる手紙でのやり取りは三回に及んでいたと考えられている。それは第一と第二の間にもう一通あったとされているが、この手紙が書かれた頃には、手紙での解決の限界が見えていた。どうしても直接、彼らと顔と顔を合わせて語り合わねばならなかった。
③訪問のタイミング。
*パウロが来ることが伝わると、あらぬ噂が立った。「彼は審判のために来て、ある人々を除吊しようとしている《と。また、直ぐには行かない方がいいと助言する人もいた。パウロは教会のことを考えれば、訪問の必要を感じていたが、タイミングをはかる必要があった。

Ⅱ 【動機についての弁明】
①「人間的な計画《でない。
*訪問計画は15,16節に述べられている。これに対しても噂が立ったらしい。「パウロは面と向かっては何もいえない《と。「どうしたら威厳が保たれるかを練っている《と。パウロにとってはそんな人間的なことではない。どうしたら神に栄光を帰することができるかである。
②「しかり《が「否《と言うものでない。
*また、パウロによく見えるために画策されているとの報告も寄せられた。何があろうと答えは決まっている。「しかりはしかり、否は否《である。パウロは政治を行おうとしているのではない。彼は牧会をしようとしている。教会が建つことだけを考えて行動している。
③聖霊の導きによる計画である。
*パウロは御霊がどのように導かれるかを知っていた。情熱、知恵、判断力を捨てるのではなく主にささげ、自分は無になって主の御心を求める。すると御霊は来てあらゆる場合に采配される。自分が無い人は何も恐れない。もうパウロの計画を妨げることはできない。

Ⅲ 【思いやりの計画であること】
①今まで訪問しなかったこと。
*コリントには教会の事情を憂える人々がいて、しばしばパウロのもとに報告が届けられていた。しかしパウロは動かなかった。これについてもいろいろ噂が立っていたであろうが、使徒はよくよく考えた上であって「思いやり《だと言っている。その上での計画である。
②二度に分けて訪問すること。
使徒の働き20章2節がこのときの訪問だとすれば、パウロは三ヶ月の間にマケドニヤとアカヤの間を行き来したらしい。最初にパウロの人を知ってもらった上で、コリントの人々に心の準備ができてから、話し合いをする。こうして話は建設的になると考えた。
③神の協力者として。
*「信仰を支配しようとする者《でないとパウロは言う。彼がしようとしていたことは牧会である。神の群れを牧羊犬として走り回って世話をすることである。信者が信仰を手放したら何もならない。そんなことがないように一生懸命働く。これが使徒の思いやりであった。

<結論>*パウロがコリント教会を思う時、何が去来したであろう。教会が建つのも潰れるのも自分であることを心得ていた。御霊様が全面に立ってくださるように。自分を無にして無にして、ひたすら御心を求める。コリントが建つために祈る思いであった。(A.S.S.)

 

                       
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