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礼拝(2010年8月22日)

『溢れる愛を届けるために』Ⅱコリント人への手紙2章1~7節) 2010.8.22. =コリント人への手紙講解Ⅱ=

*「溢れるばかりの愛《とは、パウロが実際にコリントの教会に向けられた愛であった。福音に熱中していた使徒が、はじめてそこから生まれてきた教会をわが子のように見たのがコリントの教会であった。コリントこそパウロが心から、「私の教会《といえる教会であった。

Ⅰ 【訪問しなかった理由】
①背景となった事件。
*それは悲しい出来事であり、ある人を処罰しなければならなかった。恐らく、第一の手紙5章の事件を指していると思われる。これほどのことがあれば、教会としてはショックを受ける。パウロとしては割れ物に触るように、慎重に訪問計画を考えなければならなかった。
②様子を見る必要があった。
*上祥事件に対して、旧約では「殺されなければならない《まであったが、教会においてはもっとも厳しい処罰で「除吊《(テト3:10)である。コリントでこれが行われたと想像されるが、これは相当応えたらしい。この関係を回復するためには時間が必要であった。
③パウロの気持ち。
*パウロは処罰がされればそれで終わりとは考えていなかった。その人が回復してくれることを切に願った。主の十字架は彼のためでもなかったか。一度は教会の秩序を保つため、処分を要求したが、今度は信仰を回復して欲しいというのが彼の気持ちであった。

*その手紙がもし残っていたら、誤解は現在まで引きずっていたかも知れない。実に涙の手紙であった。使徒の感情があふれ出ていた。人々はそれが怒りなのか愛なのか分からないほどであった。確かにそれは叱りつけることばであったが愛に溢れた手紙であった。

Ⅱ 【手紙を書いた理由】
①パウロの苦しみと嘆き。
*神の働き人は誤解を恐れてはならないと言われるが、それにしても辛いものである。「ひとり一人の魂を神の御前に整えること《。これが奉仕の目標であるが、伝道の困難以上にパウロにとっては牧会の悩みはこたえた。しかも気持ちは全然通じていなかった。
②手紙を書いた事情。
*ここで言われている手紙は、第一と第二の手紙との間に書かれたもう一通の手紙のことで、それは今は失われてない。ですからその内容は伺うよしもないが、かなりパウロの心情をさらけ出した具体的なものであったらしい。それゆえに誤解の危険性も孕んでいた。
③パウロの溢れるばかりの愛。
*その手紙がもし残っていたら、誤解は現在まで引きずっていたかも知れない。実に涙の手紙であった。使徒の感情があふれ出ていた。人々はそれが怒りなのか愛なのか分からないほどであった。確かにそれは叱りつけることばであったが愛に溢れた手紙であった。

Ⅲ 【ゆるしあいの奨励】
①教会は一体であること。
*一人の痛みは全体の痛み、一人の喜びは全体の喜び、これがキリストの教会の姿である。事件があって問題が解決したとしても、教会の一体感を保つことができなければ失敗である。家庭ならそのしこりはいつまでも残る。そのように教会は一個の有機体である。
②すべてに限度がある。
*ユダヤ教徒に律法主義の迷路があったように、教会には原理主義の忍び込むう隙がある。切り捨てて純粋を保ったとしても、愛がなければ鳴る鐘に過ぎない。叱ったら抱いてあげる。この原理でひとりでも落ちる人がないように包んでいくのが本当の教会である。
③すべての目標はゆるし。
*ここでパウロが言うゆるしは、立ち直る前のゆるしであり悔い改める前のゆるしである。悔い改めたら赦すでは遅い。ゆるしの手を先に伸べて悔い改めを促す。そうでなければサタンに奪われてしまう。パウロがコリントの教会に要請したゆるしはこうしたものであった。

<結論>*パウロの愛は棘を抱きかかえる覚悟の愛であった。自分に注がれたキリストの愛を考えれば、まだまだ足りないと思っていた。私たちも決してキリストを思わないでは愛を実践することはできない。主の懐に憩うなら、愛は実践できる。(A.S.S.)

 

                       
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