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礼拝(2010年9月12日)

『ゆるしを懇願するために』Ⅱコリント2章8~13節) 2010.9.12. =コリント人への手紙講解=

*コリントの教会に一番必要なことは「赦すこと《であった。これは現代の教会にとってもそうである。赦しが見られないなら、キリストの十字架は徒労だと言っても言い過ぎではない。神から来る恵みのチャンネル(管)を詰まらせるもの、それは「赦さない心《である。

Ⅰ 【愛を確認する手紙】
①愛の確認。
*コリントには問題の人物がいた。恐らくⅠコリント5章で問題になった人のことであろう。コリントの人々はその人にどう接して良いか分からず、遠巻きの感じであった。そこでパウロは彼らに、もっと積極的に彼を受け入れていることをことばで伝えるよう懇願している。
②もう一度手紙の目的。
*パウロは再び「私が手紙を書いたのは《と言って、パウロの心を汲み取るよう促している。このときにはまだ、手紙が受け入れられるのか、拒否されるのか分からない状態であった。従順に聞いてくれるのか、この手紙はそれを試すためであった。
③信頼関係の確認。
*牧会の土台は信頼関係である。これは神と人間との関係と同じである。神はすでに私たちが敵であった時、御子の十字架を決意された。しかし敵であったままでは関係が成り立たない。牧会においてもそうである。コリントの人々との信頼関係がなければならない。

Ⅱ 【ゆるしの要請】
①その人をゆるす。
*あるいは何人かは、その人を赦していなかったのかも知れない。赦しは理屈抜きである。相手がどうあろうと、「赦します《と告白するなら、ちょうどビンの蓋を取った時のように、神の恵みがどっと流れ込んでくる。こうして神=許す人=赦される人を繋ぐのである。
②パウロの赦し。
*「私もその人を赦します《は、次のように書き換えることができる。「あなたがたがその人を赦すなら、私はもうすでに赦しているのでその赦しもその人に届く《と。パウロはすでに赦している。ただ、コリントの人々がそれを阻んでいる。だから赦してあげなさいと。
③サタンに欺かれないこと。
*サタンは拗れた人間関係が大好きである。そこにばい菌が繁殖するように、サタンの活躍が活発になる。人と人とがいがみ合うこと。これがサタンの策略である。敵はサタンで、目に見えないが、自分の心の動きで分かる。ですから欺かれないように。

Ⅲ 【コリント伝道の思い出】
①聖霊に導かれてトロアスへ(使徒の働き16:6~8)。
*パウロはここで、あるいは感傷的になったのかも知れない。第二次伝道の途次にアジヤからコリントに至ったことを思い出している。トロアスへ向かった時は「道が閉ざされた《と思った。何故こうなるのかと思ったが、結果的にはここに神の大きな摂理があった。
②テトスが来なかったこと(Ⅱコリント2:13)。
*「心に安らぎがなかった《のは、アジヤ伝道のためにテトスを待っていたが、待てどもなかなか来なかった。どうしたのだろうと思っていたとき、ルカと出会い、「マケドニヤに来てください《と懇願された。そしてその夜、マケドニヤ人が立って招ている夢を見た。
③エーゲ海を渡って(使徒の働き16:9~11)。
*トロアスはエーゲ海に面した町であった。渡ればそこはヨーロッパである。海を渡ったからこそコリントで伝道することになった。パウロのコリントへの思いはひとしおであった。この気持ちをパウロはコリントの人々に是非、知ってもらいたいと思った。

<結論>*神の御わざは歴史を越えて進んでいく。小さな人間の思いはその中で翻弄されることがあるかもしれない。それでも神のご計画は進んでいく。歴史がすべて終わった時、神の赦しを受けたことを、互いに喜び合う日が来ることを夢見つつ。(A.S.S.)

 

                       
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