用語(イエス)
(聖書、神学、キリスト教、教会の用語)

[戻る]ホームページ聖書研究用語の解説
イエスイエスたイエスのイエスのたイエスのな
イエスはイエスをイエス・キリストイエス・キリストの

 

  【いい】【いい~いわ】  【主イエス】【主イエス】

 

  【イエス】マタイ1:25【キリスト・イエス】【幼子イエス】【謙遜のイエス】【史的イエス】【主イエス】【救い主としてのイエス】【柔和のイエス】【人間イエス】【はじめであり終わりであるイエス】【復活のイエス】【御子なるイエス】【病を癒すイエス】【海の上のイエス】【ルカが描きたかったイエス】
  【イエス】【イエス・キリスト】【イエスさまってどんな方】【どういう方】【ナザレ人】→【参考】【イエス】【イエス2】
 ユダヤ人によく見られる名前で「ヤハウエは救い」の意。ヘブル語の人名「ヨシュア」(イェシュア)のギリシャ語音訳にあたる(民27:18Ⅰサムエル6:14使徒7:4513:6コロサイ4:11)。これはイエスがユダヤ人としてこの地上を生活したことを示す。ここから、「人間イェス」、「史的イェス」をさして用いられる。

  【イエスが愛されたヨハネ20:2,21:20【イエスが愛された弟子】→【愛弟子】【夜が明け染めたとき】
 ヨハネの福音書を執筆した「ヨハネ自身」のこと。21章7節では、【イエスの愛されたあの弟子】としている。最後の晩餐において、「イエスの右側」(13:25)で席についていて、裏切り者について聞いた。ヨハネは弟子の中で最年少で、主にこうして甘えることは暗黙であったと思われる。こうしてイエスの愛を体験していたことが、ヨハネをヨハネたらしめたのであろう。
  【イエスが栄光を受けられた】ヨハネ12:16
 ヨハネの福音書では、イエスが十字架、埋葬、復活を通って昇天され、「天の座に着かれた」ことを、「栄光を受け」と、表現されている。これはイエスが敷かれた路線であって、イエスに続くものたちは、主のための苦難を通って主の栄光に上げられる。このことから、主を信じ、主に従う者にとって、「主のための苦難」は喜びとなる。
  【イエスが神の子キリストヨハネ20:31【ヨハネの福音書の執筆目的】   【イエスが神の御子であること】→【彼を拝め】
  【イエスがキリストルカ4:41,使徒の働き9:22【イエスはキリスト】【自分のことを証言する】  【イエスがキリストであること
 福音書記者たちの焦点は、イエスにおいての「すべての出来事」は、主が「預言者と通して」言われたことが「成就するため」であった(マタイ1:22)。イエスは預言者が的としていたメシヤ、これと一致するものでなければならなかった。すなわち、創世記の初めから「神のご計画の糸」が一本通っており、そこから一点一画も離れては「メシヤである」と証明することは不可能と考えていた。メシヤは神に起源を持ち、預言者の流れの中にあり、その成就としてこられる方でなければならなかった。また、使徒たちの宣教も、ここから出発した。なぜなら、これは「種子」であって、いのちはここから来ると信じられていたからである。
  【イエスが来られた理由 ①「人間の行き詰まり②」「根強い不信」③「神との関係の緊急課題

  【イエスがメシヤ】【イエスのメシヤ性】【隠して】

  【イエス様】呼びかけ【神さま】【2月8日】【4月3日】【5月30日】【あなたがたを支配する】【私の息子なら】
  【イエスさまってどんな方【イエスとはどんな方か】【誘われて】【収穫は多いが】
  【イエス様との対話】→【参考】【イエス様との対話】
  【イエス様は直してくださる
 多くの悩みを持つ人々は、主のうわさを聞いたとき、願望と期待を一つにして主に近づいていった。そして「彼らの信仰」を見て「あなたの信仰」があなたを直したのです、と言われた。イエス様はこのように「信仰が見られたところ」でご自分のわざを行われた。

 

  【イエスた】【イエスた】   【イエスの】【イエスの】  【イエスのな】【イエスのな】  【イエスのま】【イエスのま】
  【イエスは】【イエスは】   【イエスを】【イエスを】   【イエス・キリスト】【イエス・キリスト】

 

 

[戻る]ホームページ聖書研究用語の解説