用語(試)
(聖書、神学、キリスト教、教会の用語)

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心た心な心の心は心を心をた心をま心~

 

  【こ】【こ】   【心】【心】  【心な】【心な】   【心の】【心の】   【心のや】【心のや】   【心は】【心は】  【心をま】【心をま】
  【心~】【心~】   【志】【志】

 

  【試み】【荒野の試み】【新しい時代】【5月30日】
 ギリシャ語〔peirazou〕は、「誘惑《と訳されることもあるが、むしろ「テスト《の意味である。【試練】創世記22:1)は失敗のためにではなく、向上のためにある。【悪魔の試み】マタイ4:1)。主が、【試みに会わせないで】マタイ6:13)と言われたのは、【試みを避ける】と言う意味ではなく、試練の中にある「誘惑の危険《から守られるように、とのことである。→【荒野に】
  【試みてはならない】マタイ4:1【主を試みてはならない】   【試みる】マタイ4:7【神を試みる】【主を試みる】【試す】
 主はサタンに対して「あなたの神である主を試みてはならない。《と言われた。神殿の頂から身を投げることは「神を試みる《すなわち、テストすることになる。だから、イザヤに対してアハズが言った「主を試みません。《(イザヤ7:12)は誤解であって、イザヤが「しるしを求めよ《と言ったのは、王の信仰を促したのである。

  【試みの日】ヘブル3:8【苦難の日】
  【試みる者】エレミヤ6:27Ⅰテサロニケ3:5)→【サタン】【サタンの吊称】
 サタンは主イエスを試みる者として登場する(マタイ4:1~11)。神のみことばを奪い(マルコ4:15)、人を神から引き離そうとして活動している(Ⅰペテロ5:8)。その働きは神によって制限されており、最後にはキリストによって滅ぼされる(ルカ10:18Ⅰヨハネ3:8黙示録20:7~10)。
 エレミヤ6:27 エレミヤの場合、預言者は罪を悔い改めようとしない民を揺すぶり「ためす者、試みる者《とされた。いわば、預言者のことばは民が応答し返答すべきテスト(試験)であると言う意味。エレミヤは神のことばを語ったがゆえに、民から迫害された。

  【試みを受け】ヘブル2:18,11:34【試みを受けるため】【悪魔の試みを受けるため】【5月30日】

 

 

 

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